お勧め、京都の私大特集

脱『普通の大学』を目指している

脱『普通の大学』を目指している

同志社大学が目指している場所

同志社大学という大学について考察して行くと、やはり創設者についてどことなく情報を集めて見たいと思う人もいるかもしれない。記事を書いている時に思い出したのだが、そもそも一昨年に放送されていたNHK大河ドラマ『八重の桜』にて、かの同志社大学創設者が主要登場人物の一人として組み込まれている、というより夫人を主役においている辺り当大学から話題をそらす事など出来るはずもない。単なる前置き的に出した話題だが、それだけの歴史を持っている私大ともあって、同志社大学が日本の歴史として、文化として、そして教育機関としてどれだけの価値が備わっているのかという点については理解できるはずだ。

創設者である新島氏が生まれたのは江戸幕末期のこと、その頃に黒船による日本襲来を受けて開国要請に四苦八苦していた国政期には、新島氏はこの頃からすでに日本という国がこのままの体制ではいずれ破綻をきたす恐れがあると見ていたに違いない。それはかの坂本竜馬しかり、西郷隆盛もしかり、それぞれが日本という国がこれから先も世界に通じるだけの力を持てるように、それぞれがそれぞれの維新をもってして活動をして行く。そんな中で新島氏が取った手段が日本人の『教育・文化』といった側面についてだ。

先にも話したが今でこそ名門として知られている同志社大学だが、創設当時はそれまで排除されてきたキリスト教思想に満たされた教育理念に基づいていたため、多くの国民から否定的に見られていた。今では考えられない光景だが、それも時代故といったところだろう。その価値を年々高めていく大学というシステムにとって、生徒数と学生の質は常に重要視されるステータスだが、そもそも大学そのものがキチンとした、人として生きていくための授業をキチンと行えているかどうかという点についても、その意義を示さなければならない。そうした細かいところにまで配慮した教育観念は自由だからという理由で片付けられるモノでは無い。残念ながら同志社大学からも一部の心無い生徒によって、大学のブランドそのものに傷を付ける事件なども起きている。

語るに及ばずといったところだろうが、学生の意識が足りないというのもあるだろうが大学側が放任しすぎている点は否めない。生徒数が軽く万を超えているためキャパシティを超えているかもしれないが、あらぬ事件で大学そのものの歴史が積み重ねてきたものを壊してはいけないことだけは、ここではっきりと書いておこう。

さて、そんな同大学にはある目的を持っているという、それは世界を視野に入れた活動も大事だが、固定観念に縛られてはいけないと現学長が述べているという。

ランキングは1つの目安、問題にするべきは品質

大学に関する情報を総合して、ある種のランキングが掲載されているのは誰もが知っていることだろう。日本でも大学事の就職状況や世界ランキングといったものを公開して、どの大学が世界で評価されているのかが公開されているが、それらが必ずしも正しい教養を受けられる保障は何処にもない。大学ともなれば勉強は自己責任だ、もっと細かく言えば高校にもなると学業に対しては生徒の自己判断に委ねられることになる。意識していないとうっかり失念しそうだが、高校以降は『義務教育』ではないものの、今のご時勢では高校を卒業していなければまともに生活することが出来ないとも言われている。だが考えるべきはその点ではなく、義務教育ではないと言うことは覚えていたとしても『勉強に対する情熱』については、大半の生徒が自覚を持って取り組んではいないだろう。その意識のまま大学に上がっても、積み上げられていない勉強に対する積極的な取り組みが発揮できるなどと都合のいいことは無い。1年ないし2年という時間が経過していなければ、自分が大学での勉強を真剣に取り組んでいかなければ後悔する、後になって気づいても遅すぎることに気付けていない人は決して少なくないはずだ。

そうした部分も含めて年々大学事のランキングが発表されているわけだが、日本国内はともかく世界的ランキングに関して言えば、上位に食い込んでいる東京大学や東工大といったような国立大学を目にすることもあるだろうが、その中には国内で最難関とも言われている学校がランクインしていない場合もある。そう、こうしたランキングではあくまで専門的な分野できちんとした成果を残せているかどうかが評価されるだけで、ランキングに乗っていないというだけで世界としてみた場合に品質が劣っていると迂闊に判断してはいけない。

良い例が『ザ・タイムズ・ハイアー・エデュケーション』という大学関係者注目している世界の大学を比較したランキングだが、この中には日本の国公立大学の頂点に君臨している東大も食い込んでおり、同じく京都府にある『京都大学』もランキングに入り込んでいるが、ここにかの有名な『一橋大学』がランキングしていないという。それでは一橋大学はそれだけで教育水準が低いのかといえるか、勿論否だ。こういうところこそ、ランキングに左右されないで自分の視点で大学についてきちんとした見解を持っているかどうかも測れる。

同志社大学もそういった視点での大学的地位についてはあながち頭から考えてないわけではないものの、大学として必要なオリジナリティを損なわない教育観念を持っていなければならないと考えているという。それこそ、大学として求められる品質なのでは無いかというのが、同大学の見解となっている。

じぶんにあった大学を探す

オリジナリティを重視する

そうした意味で同志社大学として今後も重視したいのがオリジナリティ、つまり同志社大学だからこその個性を発揮した教育を行っていくということだ。これに関しては言及することもなく、キリスト教の学校であり、そして欧米諸国への強い留学ネットワークを形成していることで、英語に強い学生を多く世界に輩出することを目的としている。また同志社大学を運営して行くに当たっては他にも、

  • ・京都に大学本校があること
  • ・創立者の教育理念が行き続けている私学

といったことにも着目しながら、同志社大学としていけるところまで行こうとする意志を示し続けている。教育としてはもちろんだが、一体同志社大学に来てどんなことをしたいのかをはっきりさせる事はとても重要なことだ。他大学にも共通して言えることだが、大学の個性とはそれまでの歴史によって物語る。キリスト教の学校は今でこそ全国各地に存在しているため、その点についても重要視することで、これまでただ何処の大学でも同じような授業が行われていた『普通の大学』といった固定観念から脱却することこそ、同志社大学が現段階で目指している場所だという。

一人ひとりの個人にも同じことが言えるが、それは大学も同様となっているようだ。

塾えらびなら
浦和 未公開物件、土地、新築・中古一戸建てなら「エステート白馬さいたま南店」へお気軽にご相談下さい。あなたの物件探しをサポートいたします。
[an error occurred while processing this directive][an error occurred while processing this directive][an error occurred while processing this directive]